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続・古代文明に思いを馳せかけるグダグダ記事


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神々、降臨しました。

...さて。(汗)

今回は古代エジプトを軸に思いを馳せてみようと思いましたが、『古代エジプト』と言っても5000年前から2000年前くらいまでの3000年(推測)に及ぶ長い歴史があるので、ざっくりまとめると(注:怒らないで下さい:)

▲△今週の古代エジプトダイジェスト△▲

5000年前に開幕

4500年前くらいから『古王国』時代でピラミッド建造△

3500年前あたりが派手な『新王国』時代で、
アクエンアテンことアメンホテプ4世、ツタンカーメン、ラムセス二世など
有名な古代エジプト人が登場。

2500年前くらいはもうダメな感じでペルシャ系に合併されてアケメネス朝エジプト
そこから200年後くらいにはギリシャ系に支配されてプトレマイオス朝エジプト。
その後、ローマに滅ぼされ終了。(クレオパトラは終了間際の女王)

▲△▲


古代エジプトには統一された暦がなく、歴代ファラオの順番、統治年数などから『恐らくこうであろう』という暫定的な年表でしかない上、判っていない部分も多く、特に古代ギリシャの文献と照合出来ない部分に関してはある程度の誤差が生じている可能性があるそうです。
主にヘロドトスの文献を軸に研究が進められているので、ヘロドトスが間違っていたら史実とはかなり異なってしまうのかもしれません:)

まあそれはそれとして。

やっぱり際立って見えるのは古王国時代のピラミッド事業。

有名なギザの三大ピラミッドがそれぞれクフ王、カフラー王、メンカウラー王の王墓である、という定説は色々と疑わしいですが、古王国時代に造られた事自体は間違いないようなので、その時期のエジプトが考えられているよりも遥かに高度な技術を有していたというコトは確定事項で良さそうですね。(石と棒と縄だけで、巨石まで用いたピラミッド内部構造のミリ単位の精度が出せるハズとも思えないし:)


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(ご興味のない方は三大ピラミッドを『石を積んだ大きな三角の山』と認識されているかもしれませんが、今の姿は外壁にあたる化粧石が剥ぎ取られた哀れな姿(涙)で、元々はもっとピシッ!とした平らな面を持った四角錐状の巨大建造物でした。しかもギザの大ピラミッドは八面を成していたようなので、より近代的な風貌だったのは間違いありません。また内部には高い精度で水平垂直が保たれた部屋や、用途不明の長いシャフトなどがあり、単に石を積み上げたのとはワケが違う驚異の建造物デス)

根拠のない憶測ですが、現代と同じように『突出した天才』が出たんじゃないかな?と思います。
現代の科学技術も、ニコラ・テスラやアラン・チューリングのように時々現れる『突出した天才』の功績ありきで成りなっているし、それに似た急激な技術発展があったんじゃないかなあ...と。

天才的な設計者、現場監督チーム、膨大な労働力がセットにならないと、あんな巨大かつ精密な建造物が作れるハズもないですよね。。。

ちなみにコレなかなか良いんです↓

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ぐでたまジオラマットこれくしょん『砂漠でSOS』:)

ギザの大スフィンクスに関しては、これまでの定説『カフラー王の指示で建造された』も疑問視する声も多いようですが、個人的には結局のところ『大ピラミッド建造に前後して造られた古王国時代のモノ』と考えるのがスッキリしっくり来ると思います。(頭部に関しては後世に挿げ替えられた可能性アリ)

というのも、大スフィンクスと河岸神殿がセット(河岸神殿がスフィンクスを削り出した際に出た石材で造られている。もしくは河岸神殿を造るための石材採掘に併せてスフィンクスが造られた)なのは、ほぼほぼ確定事項のようなので、もし大スフィンクスが『地域に降雨のあった7000年以上前』に造られたなら、河岸神殿にも同様の影響があるハズ。(建造時の河岸神殿には屋根があったのかもしれませんが:)

また、河岸神殿からカフラー王のものと思われる像も出ているので、やはり近い時期の建造物と考えるのが自然かと。。。


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ゴールドver.もゲットしてあります:)

河岸神殿(英語ではValley Temple)の石組みの壁と南米古代遺跡の類似性は以前の記事で触れましたが、脇に置いておくとして。とても謎めいた物体も河岸神殿付近から出土しています。

個人的には最凶クラスのオーパーツだと思う
コアセブン』。
何だか雑誌の名前みたいですが:)

英語表記では CORE #7(コアナンバーセブン)、ですが#は読まずにコアセブンと呼ばれています。
溝の刻まれた花崗岩の円柱...なんですが、これは花崗岩に穴をくり抜いた際に出た『ゴミ』:)
河岸神殿にあったらしい扉用のダボ穴を掘ったものですが、硬い花崗岩を一方向の回転でくりぬいた円柱のコアドリルが存在したのか???というオーパーツ。(現代ならダイヤ刃の円柱コアドリルを用いる作業だそうです)

1000年くらい後の『新王国』の時代にも、カルナック神殿のオベリスクやラムセス二世像など『電動工具使った?』と思えるようなモノが残っており、勝手な憶測では『何かしらの動力を用いた工具』が存在していたんだけど、秘術扱いで隠されていて、「大事にし過ぎてドコに埋まっているのか判らない」だと割とそれっぽいかなあ?と思っています。
(もしくは以前の記事で述べたように『他民族もしくは同族間の争いで失われた』とか)

...自分もフィギュアのパーツ等を大事にしまいこみ過ぎて行方が判らなくなるコト多々あります:)

まあ消えたフィギュアのパーツはまた探すとして(汗

メジェド様が何者なのかも判らないし:)
古代エジプトの謎も解き明かされないままなんでしょうね。。。

と、また曖昧に終わります(大汗



文章と画像
GS

ただし!
ひょんな事から明らかになるコトだってあって、
考古学史上最大の発見とされる一万二千年前の遺跡
『ギョベクリ・テベ』も
クルド人の羊飼い(気の良さそうなお爺さん)が地面に出ていた石を見て

『何だコレ』

と掘ってみたのが発見のキッカケ。

もしお爺さんが『つまづいたら危ないから埋めておこう』と埋めていたら
今の人類はギョベクリ・テベの存在に気づかなかったのです。

ギョベクリ・テベといえば、どうしても気になるのが...

左がギョベクリ・テベの石柱にある手、右がイースター島モアイ像の手。

妙にヒョロ長い指といい、角度といい...
似ているのは偶然なのか何なのか。

しかもモアイ像の台座になっている石組みは、
南米〜中南米に広がる古代の石組みにそっくり。
そしてその石組みの中でも洗練されたものは
ギザの河岸神殿の石組みにそっくり。

中東から始まって、南米〜中南米での発展を経て
中東に戻った技術があるような気がしてなりません。
現実味は相当薄いけど:)

オマケ

バステト様コレクション

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